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威厳とやさしさ。 [呉調査]

思い出したような更新ですが、呉のこと、すこしずつ。

この夏の弾丸帰省の目的に、造船のJMU見学がありました。
ジャパンマリンユナイテッド。旧呉海軍工廠の造船所跡地を受け継ぐところです。
jmu.JPG
写真左手に切れちゃってるけど見えますね「大和のふるさと」。
ここで戦艦大和は建造されました。
いまはコンテナ船に特化した造船所です。
巨大コンテナ船を15隻連続建造しているちょうど折り返しのあたり。
わたしが見学させてもらった日に8隻目が試験運転に出たとのこと。

大和を建造した造船船渠(せんきょ)の大屋根の一部が現存しています。
船渠の底は大和という巨体に合わせ1メートル掘り下げて拡張されましたが、
現在は埋め立てられ溶接工場になりました。
(ちなみに溶接技術は非常に難しく一級の熟練技師はここ呉に多いそうです)

大屋根の下を(車で)通りました。ここが、そうか。
市民の目から遠ざけたかった極秘戦艦の隠れ家。
いまも現役の工場のためか、
ノスタルジックな感傷ではなくモノが造られていく臨場感があります。
これ、むかし、スペイン・バルセロナでサグラダファミリアを見たときの
感覚に似ている。崇高な教会うんぬんではなく「現在進行形の工事現場」と感じた。
サグラダファミリアは過去からずっとずっと建設途中ですからね。
過去の時間から途切れることなく受け継ぐものが呉のJMUにもある。
歴史を「歴史」として昔話のように聞いているのではいまに役立てられない。

そういう意味でのある種のトリップ感は受けました。
野の川に飛び込むように、時間(歴史)の流れに飛び込むような。
溺れるわけにはいかない。流されるわけにはいかない。
流されず溺れないための泳法が、歴史を正しく学ぶこと。
まだまだ浮輪がないと完全に溺れるわたしですけれど・苦笑。

史料館もご案内いただきました。呉の造船の歴史が緻密に大事に残される稀有な場所。
普段は一般公開ないそうですが、こんどの10月に一般公開がありますよ!
1505174880146.jpg

外から眺めているのと、中に入るのでは、まったく違う。

歴史書を丁寧に読めば書いてあることであっても、
かいつまんだ解説書や観光パンフには載ってこない、だから知る人がすくない。
そうした史実が史料館にはたくさんあります。大和の工法とか、溶接とか、
呉が受け継ぐ技術の骨頂を知り、正しく学びたいと思いました。
もちろん、理系頭ではないからそういう理解はたぶん無理だけど・汗。

この辺りだけでドラマ一本できるから。そんくらい事実は小説より奇なりだから。
戦争賛美でも、兵器奨励でもなく、純粋なる技術と熱意をどうすれば抽出できるか。
いや、兵器である、という事実をしっかり踏まえてからがスタートか。


見学後、初めての呉地方総監部庁舎へ。言ってみるもんです。
外観.JPG
庁舎には道路側と海側の両方が「正面玄関」。海自なので艦艇で訪れることが大前提。

煉瓦造りが有名です。空襲や芸予地震で一部損壊しながら修復を超え、
当時の形が再現されているとのこと。

三本の矢柱.JPG
玄関正面の柱が三本組になっているのは、
安芸(広島地方)の領主、毛利元就の逸話「三本の矢」をヒントにデザインされた、
という説もあるのだそう。
この三本の柱に注目して紹介している媒体は絶対的にすくないです!

威厳とやさしさ (1).JPG
一階と二階で壁や窓枠のデザインが違うことは有名(らしい)。
でも、それぞれの表現について述べているものはすくないと思う。
上の丸みは「やさしさ」を、下の角張は「威厳」を。

勝手なとってつけ解釈と思われてもいいです、でも、わたしは納得したかった。

力のみでは闘えない。だれも着いてこないし、だれも守れない。
感情ある生き物が地球上に人間のみであるなら、やさしさがなければ生きていけない。
本当の強さはやさしさ、なんて、最近はときどき聞きますね。

敷地内を案内してもらっていると、通りかかる自衛官のみなさん、
とても「快い」ので、こちらも「ココロ良く」なれました。
普段は厳しく規律正しくされているのでしょう、だからこの柔和がある。

百聞は一見に如かず。
外から見てるだけではなく、これからもぐいぐい行きたいです。



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